お知らせ NEWS 2013.5.17
緩和医療分野の臨床試験の発展のために:JORTCが豪州PaCCSCを親善訪問
日本での緩和医療分野における臨床研究は、長らく緩和医療に特化した臨床試験グループが存在しなかったこともあり、他の疾患分野に比べると未だ発展途上にある。一方、緩和医療へ対する関心は、患者に限らず、医療関係者や規制当局の多方面からも、年々に高まっており、緩和医療分野におけるエビデンスに基づく標準治療の確立のために、質の高い介入研究の実施が期待されている。世界に目を向けると緩和医療分野での臨床研究は、国際的にオーストラリアが一歩リードしている状況にある。
今年3月上旬、JORTCと若手緩和ケア医の有志は、オーストラリアでの緩和医療分野の臨床試験の実施体制を学ぶべく、オーストラリア政府の研究助成金で運営されている緩和医療の臨床試験グループPalliative Care Clinical Studies Collaborative (通称:PaCCSC)の本部と2つの参加施設、Southern Adelaide Palliative Services (SAPS)とCalvary Health Care Sydneyを訪問した。PaCCSCは、2007年のFlinders University内の一組織として設立され、現在は、14の参加施設と協力し、7つの第III相試験と1つの第IV相試験を実施している。
今後は緩和医療分野でも多施設共同の臨床試験が望まれるが、現在、成功しているのはオーストラリアのPaCCSCだけである。
今回の訪問での最大の目的は、なぜオーストラリアで緩和医療分野の臨床研究実施体制が世界に先駆けて発展してきたかについて探ることであった。どのようにして、PaCCSCが多施設共同試験を運営し、臨床的に意義の高いエビデンスを創出しているのか、また、緩和医療分野の臨床試験では重症例が登録されるために有害事象が多発するが、PaCCSCが有害事象の評価において、どのような基準を設け、どのような体制を敷いるのか、我々は学ぶ必要があった。
緩和医療の分野、特に終末期の臨床試験では、原病の悪化による死亡が多く発生するため、ほぼ全例を急送報告として報告することになり、報告する側もそれを評価する側も非常に大きな負担となる。このような状況を解消するため、試験の倫理性と安全性を担保しつつ、原病の悪化による死亡ついては、報告を簡略化できるような仕組みをJORTCは模索している。その先行例であるオーストラリアの制度を参考にするべく、PaCCSCへ訪問依頼を申し入れたところ快諾され、今回の訪問が実現した。
4日間の訪問では、シドニーとアデレードにある2つ参加施設の試験実施体制を見学し、アデレード郊外に位置するPaCCSC本部では、データセンター業務の紹介や有害事象報告体制の説明、EDCシステムの実演、医療経済学者や生物統計家、そしてPaCCSC代表者であるDavid Currow教授との対談が設けられ、連日、熱心な議論が交わされた。
最大の関心事項であった「有害事象報告評価体制」については、担当者とCurrow教授に直接話を伺うことができた。PaCCSCは、倫理委員会(オーストラリアにおける倫理的事項に関する意思決定の権限を持つ機関)との協議をPaCCSC設立前から6年かけて行い、原病の悪化よる死亡は、重篤な有害事象(SAE)としての取り扱いを免除されているとのことだった。その根拠となるレターはMedical Journal of Australiaに掲載されている。施設での適切な評価を実施することで、報告の簡略化と中央での評価の負担の軽減がなされ、緩和医療の特徴にあった有害事象の報告体制が確立されている。
オーストラリアでは、3月中旬が科研費の応募の締め切りにあたるらしく、忙しい時期に訪問をしてしまったが、対応して頂いた先生、スタッフの方々は、みなとても友好的で、どんな質問に対しても熱心に答えてくれた。中央と参加施設の両機関では、定期的にスタッフに向けの教育研修を実施しており、スタッフの一人一人の意識の高さと組織として意思の統一がなされていることが印象に残った。Calvary Health Careのあるリサーチナースは、私たちに、「臨床試験を通じて患者ケアの向上の一翼を担っているという喜びと誇り、社会貢献の気持ちが、私のモチベーションの源である。」と話してくれた。今回の訪問では、臨床試験実施体制のハード面だけではなく、人材の育成やモチベーションの維持などといったソフト面の取り組みについて、非常に学ぶことが多い訪問であった。
JORTCは、将来、日本の緩和医療分野における臨床試験の率先する組織となるよう、また近い将来、PaCCSCとの国際共同研究を開始できるよう、今後も体制づくりを強化していきたい。
■Calvary Health Care Sydney
アデレードに行くまでには、シドニーで飛行機を乗り継ぐ必要があっため、旅程を調整し、シドニー郊外に位置するCalvary Health Care Sydneyを訪問した。
施設研究者のSanderson先生がCalvary Health Careでの臨床試験の実施体制や完遂したケタミンの臨床試験についての経験談を話してくれた。
■PaCCSC
PaCCSCの本部は、アデレード郊外にあるFlinders大学のキャンパス内に位置しており、参加施設であるSouthern Adelaide Palliative Servicesにも隣接している。南半球に位置するオーストラリアの3月は、夏の終わり頃にあたり、過ごしやすい気候の中、連日活発な議論が交わされた。
Southern Adelaide Palliative Services(SAPS)の施設コーディネーターのAineさんが、SAPSにおける試験実施体制、特に患者さんのリクルート方法の工夫などについて詳しく説明してくれた。その後、SAPSの施設内を案内してくれた。
PaCCSCでは、CareSearchのResearch Data Management Systemというシステムで、電子的に臨床データの収集を行っている。CareSearchは、EDCシステムを提供するだけでなく、緩和ケアに関する情報やリソースを医療関係者や患者向けに提供している。
Currow教授と一緒に記念撮影。PaCCSCとJORTCの友好関係の始まり。
PaCCSCスタッフと一緒に記念撮影。快く訪問を受け入れて頂いたPaCCSCの皆様に心より感謝を申し上げたい。
*今回の訪問に関する報告書を公開致しました。報告書はこちら(PDF)
本報告書を引用される場合は、JORTCホームページ(http://www.jortc.jp)からの引用であることを明記して下さい。
掲 載 日:2013年5月17日
最終更新日:2013年5月17日