一般の皆様へ
緩和ケアについてのメッセージ
1.緩和ケアとは
緩和ケアとは何か。一言で語るには難しく、いろいろな組織が緩和ケアを定義しています。
世界保健機構(WHO)は緩和ケアを次のように定義しています。
<WHOの定義>
緩和ケアとは、生命を脅かす疾患による問題に直面している患者とその家族に対して、痛みやその他の身体的問題、心理社会的問題、スピリチュアルな問題を早期に発見し、的確なアセスメントと対処(治療・処置)を行うことによって、苦しみを予防し、和らげることで、QOL(クオリティ・オブ・ライフ)を改善するアプローチである。
http://www.who.int/cancer/palliative/definition/en/
WHOは2002年に緩和ケアをこのように定義付けしました。最近では「早期」というところが特に注目されており、わが国の厚生労働省は緩和ケアを次のように説明しています。
<厚生労働省の定義>
「がん対策推進基本計画(平成24年6月閣議決定)」において、緩和ケアについては、「がんと診断された時からの緩和ケアの推進」が重点的に取り組むべき課題として位置付けられています。がん患者とその家族が、可能な限り質の高い治療・療養生活を送れるように、身体的症状の緩和や精神心理的な問題などへの援助が、終末期だけでなく、がんと診断された時からがん治療と同時に行われることが求められています。
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/gan/gan_kanwa.html
このように、WHOも厚労省も「がん」によって引き起こされた苦痛を「早期から緩和することが大事」と云っています。一方、転移性がんの患者さん・担癌状態の患者さんにとっては、目下の症状がコントロールされても、次に起こってくる苦痛/症状が不安になります。米国のNCCN(National Comprehensive Cancer Network)は、先の2つの定義と違って「苦痛(症状)の予測と予防が大事」だと云っており、より実践的な観点から緩和ケアを定義しています(下記)。
<NCCNの定義>
緩和ケアは患者とその家族を中心に据えたケアであり、疼痛その他のつらい症状に対する有効な管理に焦点を当てながら、患者/家族のニーズ、価値観、信念、および文化に応じた心理社会的および精神的ケアも組み込んでいく。
緩和ケアの目標は、病期やほかの治療の必要性に関わらず、苦痛の予測、予防、および緩和であり、患者とその家族にとって可能な限り最良のQOLを支援することにある。緩和ケアは、がん治療による予後の改善が期待できない場合でも、患者ケアの中心と成り得る。緩和ケアは、オンコロジー・チームが緩和ケアのエキスパートと連携して提供されるべきである。
以上のとおり、緩和ケアの定義はいろいろとありますが、1) 生命を脅かす疾患による問題に直面している患者とその家族のQOLを改善するケア、2) 診断時から治療とともに提供されることが求められるケア、3) 患者さんの苦痛を予測し、予防を考えるケア、4) 医療チームがエキスパートと連携して提供されることが望まれるケア、というようにまとめることができると考えます。
2.日本と世界の緩和ケアの違い
わが国の緩和ケアはホスピス/緩和ケア病棟を中心に発展してきました。現在は「がん拠点病院」に緩和ケアチームが設置される時代になりましたが、見方によっては未だ終末期ケア(End-of Life care)に偏っているように見えます。一方、米国の緩和ケアはオンコロジー(腫瘍学)のなかで発展してきたように見えます。 実際、先に紹介したNCCNの緩和ケアの定義は、NCCNのオンコロジー・ガイドラインの中で公表されており、がんサポーティブ・ケア(Supportive Care)のなかに分類されています。
https://www.nccn.org/professionals/physician_gls/f_guidelines.asp
厚労省が敢えて「がんと診断された時から治療と同時に行われることが求めらる」と定義付けしているのは、わが国では「がん治療と緩和ケア」が共存して来なかったことを意味しています。平成24年の「がん対策推進基本計画」以降、わが国の緩和ケアの概念は変わってきたのでしょうか。残念ながら、答えは Noです。
そもそも、緩和ケアを提供する医療者は一体、誰なのでしょうか?わが国では、緩和ケアの専門家だと考えられています。がん拠点病院では緩和ケアチームが緩和ケアを提供すると紹介されています。
ここで、NCCNのガイドラインをもう一度読んで見ましょう。米国では、緩和ケアを提供するのはオンコロジー・チーム、つまり、貴方の医療チームだと考えられているのです。医療チームが提供するからこそ、がん治療と同時に緩和ケアを提供することができるのです。この大きな違いに国民が気付き、わが国で緩和ケアのパラダイム・シフトが起こることが期待されます。
3.緩和ケアの臨床研究について
緩和ケアの臨床試験は、難しいと云わざるを得ません。臨床試験は多くの場合、PS(Performance Status)の良い、外来の患者さんが参加して行われます。臨床試験に参加する患者さんは担当者に十分な説明を聞いて、試験参加の同意書にサインをします。緩和ケアの臨床試験は苦痛(症状)をコントロールする緩和治療やケアを探索/検証するので、試験登録時には患者さんに辛い症状がある訳です。患者さんが苦しがっているときに、試験参加の説明をゆっくりできる道理はありません。また、患者さんの辛い症状は、どの病気(がん)によっても起こるので、試験に参加する患者さんの背景はバラバラです。質の高い臨床試験を行うには、相当数の参加者を募らねばなりません。さらに、調子の悪い患者さんが参加すればするほど、試験から脱落していく患者さんが増えて行きます。米国のMDアンダーソンがんセンターから報告された緩和ケア臨床試験のデータでは、試験の主要な評価項目を診るまでに25%が、観察期間の終了までに40%の患者さんが脱落していました。これほどの多くの患者さんが脱落してしまう緩和ケアの臨床試験では、試験に必要な参加人数を見積もることも難しくなります。 このように緩和ケアの臨床試験では、通常の臨床試験にはないハードルがいくつもあり、それらを乗り越えていく経験と戦略が必要となるのです。緩和ケアの臨床試験は国際的にも歴史が浅く、発展の途上にあります。もちろん、それだけに遣り甲斐があると云え、JORTCには緩和ケア臨床試験の支援組織として、そのパイオニアとしての役割を果たすべく日々研鑽していくことを期待しております。
解説:東京大学医科学研究所附属病院 緩和医療科 岩瀬 哲 先生
掲 載 日:2016年08月17日
最終更新日:2016年08月17日